畑恵氏が日本の教育問題に警鐘を鳴らす

教育

政治家の畑恵氏は今の日本の教育をどう捉えている?

昔から言われていることなので、古いという感じが無きにしも非ずだが、真剣に教育問題を考えないと日本はとんでもないことになりそうだ。

学力重視ということがまずあるが、進学のための偏差値稼ぎというか、点取り虫みたいな、テクニックが先行している教育がはびこり過ぎていると思える。

覚えるということが中心となっているので、勉強したことや記憶したことについては、良く理解しており、記憶もしている。

だから試験で出た問題が勉強したことがあることや記憶していたことであれば、正しい答えを出すことについては長けているが。

そのまま、中学・高校そして大学と同じような勉強の仕方をするので、学業成績はまずますということになる。

しかし、習っていないことや応用して問題を解決するということについては、不得手なので、会社に入って目の前の問題の新しいことに直面すると、途端にしり込みし、様子見をして、自分で何とかしようとする姿勢はなくなってしまう。

会社生活ですらそうなので、社会の問題を解決することなど全く手を付けられない状態となる。

つまり、経験がないことに対する知恵もなければ、度胸もないという結果になるわけです。

今の政治がどうかと批判するつもりはないが、子供たちの受けている教育を彷彿させる場面がかなりあるということは否定できないのではなかろうか。

だから本質的な課題は後回しにされ、つまらない不祥事をほじくり返したり、失言探しに躍起になったりすることになりかねいということになると元アナウンサーの畑恵氏も警鐘を鳴らしているのだ。

※こちらもチェック→畑恵のフリーランスのニュースキャスター時代はどうだった?

憶え込み中心の教育の悪い面は、個人プレーが多すぎるということもある。

これはチームで何かをするということに慣れていないため、衆知を集めるとか、議論を戦わせる中でチームとしてのベストアンサーを導き出すというようなことに疎いということに繋がってしまう。

前述した偏差値志向の教育と併せて考えると、空恐ろしい将来が待っていることになりそうだ。

競争がなくなると切磋琢磨でお互いが成長することができなくなる

競争という点でも考えさせられることがありそうだ。

少しは反省されている面が見えなくもないが、運動会という場での子供たちの意識の場である。

徒競走で全員が手をつないでゴールするという風景が一時あったが、さえたるものと言わざるを得ない。

さすがに最近は見かけなくなったが、競争を避ける、避けさせるという考え方は根強く残っている気がするので、警戒を緩めるわけには行かない。

競争がなくなると切磋琢磨でお互いが成長するという図式がなくなるので、日本の将来担う子供たちにとては由々しき問題と言わざるを得ない。

競争すべきときは競争させ、協力し合うときは協力させるということがなくてはならないはずである。

これらのことに関する背景事情として、日本の将来像が見えないという問題も無視できない重要問題と言える。

少子化ということが大きな課題であるが、若い人たちが結婚しない、子供を産まないというのは、経済的に豊かでない、将来の生活に不安がある、年金などがどうなるかも予測できないということから来ているが、よって来たる所以は、日本の将来像が明確になっていないということにある。

こうした不安は、自己中心的な行動に結び付くので、学校でもトラブルが絶えなくなるし、隣近所でもあり得ないトラブルとなることがあり、そうした大人たちの言動を見ている子供たちからすれば、何が何だかわからないということになっているのではなかろうか。

先生の位置づけを高め、日本を担うための教育を急ぐ必要がある

テレビを見れば、パワハラだ、セクハラだというようなことが報道され、一流企業がお金のことで不正をしたとか、ごまかしたというようなことが連日報道されれば、しかも警察官や教師までが悪いことをしているということになれば、何を信じて、どうしたらいいのか分からなくなるのは当たり前と言えそうである。

そして、そのことが遠因とも言えそうであるが、点取り勉強に没頭するということにも結び付いてしそうな気もする。

そして、もっと問題だと思えるのが、先生の存在であろう。

かつての日本は学校の先生やお寺の和尚さんは、尊敬する人物であり、その方々のお話しはしっかり聞くというのが大人と子ども共通の認識であった。

ところが今は、尊敬するどころか、馬鹿にする風潮すら出ている。

かつては企業とともに情報発信をしての重要な基地だったが今はなくなったということが、大きな理由とも言えるのであるが、またどうかすると父兄の方が一流の大学を出ている人が多いとなると、位置づけが低下してきているときことも災いしているのであろう。

子供たちの精神状態を考えると心配はますます大きくなる。

ということが、大きなうねりということが言えるが、日本の将来のためにどうしたらいいかというと、やはり国レベルで国の将来像を明確に描き出し、国民全員に周知徹底することだろう。

そして、それに基づいた制度改革や経済政策、社会政策などを実行し、そうした全体の動きの中で子供教育の在り方や若い人たちが将来を担うための教育ということを、それこそ徹底した論議を重ね、衆知を集めてまとめ上げることを急ぐ必要がある。