畑恵について知っておくべき事とは

1965年2月15日に東京都目黒区で誕生した畑恵

畑恵は、1965年2月15日に東京都目黒区で誕生しました。

東京都立国立高等学校から早稲田大学第一文学部仏文科へと進み、卒業後はNHKへと入局したのです。

NHKでは、ニュース番組のキャスターとして最年少で抜擢される等、キャスターとして報道や科学等、様々な分野で活躍し、全国的に知られる存在となりました。

1989年にNHKを退局し、今度はフリーランスのアナウンサーとして民放でも活躍し、更に人気と実力を高めました。

1995年、畑恵は参議院選挙に立候補して、見事に初当選を果たし、今度は政治家の道を歩み始めたのです。

政治家となった彼女が主張したのは、日本という国が構造的に抱えている問題の解消でした。

具体的には、財政赤字と少子高齢化、村社会的意識です。

それらを解消するためには、イノベーション力、女性力、教育力を向上させる事が重要だと、彼女は主張していました。

※参考サイト:http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%AA%B7%C3

イノベーション力の強化を実現するには、基礎研究から実用化するまで一貫した形で戦略的研究開発体制を実現する事が重要だと、彼女は考えていたのです。

実際にこの政策を実現するために、研究開発関係者らを集め約20名からなる勉強会を実施すると共に、意見の交換を行い、研究開発成果実用化促進法案を策定しました。

ですがこの法案は、残念ながら国会への上程が行われる事なく、お蔵入りの状態となっているのです。

女性力をアップする政策について

女性力をアップするという政策としては、女性の就労と出産、育児、介護の両立を掲げていました。

具体的な方法としては、保育施設や介護施設の拡充、フレックスタイムや在宅勤務制の導入等、柔軟な形での勤務環境の整備、育児中の労働者に対する所得やキャリアの保証が掲げられていたのです。

次に教育力の向上ですが、人間力と教員力、親力の3つが組み合わさる事で、国としての学力が向上すると定義付けられていました。

そのため学校での教育力向上だけでなく、同時に家庭での教育力も高める事が重要だとの考えを、主張していたのです。

そんな畑恵は、2000年に作新学院副委員長に就任し、教育者としての道を進み始めました。

自身も2001年、お茶の水女子大学大学院後期博士課程への入学を果たし、現役の参議院議員として初めて大学院博士課程入学する等、学ぶ事の大切さを実行しています。

2008年、お茶の水女子大学大学院後期博士課程を終え、無事に博士号を取得しました。

そして2013年に作新学院理事長就任し、現在は教育者として優れた人材の育成に心血を注いでいるのです。